日本のはじまり
- 外国文化が参入する以前から、屋台という形で日本の飲食業は存在していた。
町民が気軽に立ち寄れるような屋台もあれば、
階級の高い武士が訪れる高級な食事処も存在したと言う。 - それまでは日本料理としてメジャーな寿司と天ぷら、
おでんなどがメインメニューとなっていたが、明治時代に入り、
西洋文化が参入されることで食堂の文化も様変わりした。 - まず、レストランという呼称を用いるようになった。
明治時代から昭和にかけて、高級ホテルの建設が進み、その中に高級洋風のレストランが出来上がった。
その際、各国の料理を提供して、
外国文化をよく知ってもらおうというコンセプトがあったそうだ。 - レストランが出始めても、高級ホテル内のレストランなので当然、訪れる客は限られる。
市民向けのレストランは当時はまだなく、
そう言った食事処は食堂や定食屋で分類されていた。 - しかし、この高級ホテル内のレストランから、
洋風の食事を提供する店というものは次々に出てきた。洋食とはいえ、
日本人の口にあうような味に改良が施され、洋風レストランとして次々に現れたのである。 - 低価格で足を運べるファミリーレストランが出てくるのは、
もう少し後。戦後、高度経済成長期辺りからになる。
そう考えると、屋台からレストランへ移り変わった歴史は、そう古くない。
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